12  もう何もすることはない

 

   〜赤トンボが目の前を

    横切り飛び交うだけ

 

 

草道を少し登ると隅に柿の木が

1本ある平地が見えてきた 

木の下で 女の人が赤ん坊に乳を飲ませている 

平地の中央で 麦わら帽子の男の人がかがんで作業している 

1瞬 時間が止まり1枚の絵を

見てるような気がした 

静かに近づき

「こんにちは」

と声をかけると その方は顔を上げ立ち上がって帽子を取った 

40才前の若い方である  

 

 

 

「初めまして  陣屋房と申します」 

 

突然の訪問を詫び 切り抜きを見せた 

寺院は 土台となるコンクリートを流し込んだところで  今から枠を組んでいくのだろう 傍らに材木が積んでいる 

木に腰を下し 房さんは誰にも話せない個人的かつ主観的体験を話し始めた 

先生も「僕も学生のころに…」

チベット仏教修行の道に至ったこと 

カリフォルニア オディアン寺院での活動 そしてトランスパーソナルな体験について話してくれた 



最後に 

「先生 私はこれから何をすればよいのでしょう」 

「もう何もすることはない」

何もないとは どういう意昧なのだろう  

「生活すべてに 体験のエッセンスを持ち込みなさい 歩く中 食事の中に コンビニの仕事1つ1つに 瞑想を持ち込みなさい 」 

「  接客の中にも?」頷いた 



断食をしたり滝行をしたりの修行の道を求めていたのに

「何もすることはない」とは

「禅問答の公案とは こういうものだろうか」と ふと思った 

先生の言葉は 葉っぱとなって ヒラヒラと房さんの心の木に止まっていく 

赤トンボが 二人の前を横切り 又急に向きをかえ飛び交うだけ… 

 

 

   街のネオンがまばたきする時

   路上にひとりの迷子が生まれる

   自分の位置を見失いうずくまる

   都会の喧噪は迷子など見向きもせず

   街を飲み干す そして吐き出す 

   また飲み また吐き...

   惰性の呼吸をする

 

   ガラガラッガラッ ガラガラガラー

   喧噪に飲まれようとする時

   かすかな土鈴の音をきく

   ガラガラッガラッ ガラガラガラー

 

         50年の時空を越えふる里から

   届く  英彦山がらがら  鈴の音

         雑踏はふる里の細い山道へとつづき  

       さらに歩きつづける先に

       祈りの人がいる

 

   飛騨の山深い タルタン寺から

   世界平和を願う「オンマニペメフム」の経文が

   うす紫に沈む山々を伝播し

   都会の喧噪に慈雨のごとく、

   ふりそそ ぐ 


         雑踏の中で呼吸をあじわう       

       また歩きはじる    


 陽の落ちた川面に白いもやが浮いているのを 右に見ながら左に見ながら

 列車は都会へと帰っていった  


「何もすることはない」

 の公案は いつの日か

 「何をしてもよい」と

 自分なりの答えを出している 

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